私が地域紙の記者を目指したきっかけの一つは、子どものころ、地元の夏まつりが大、大、大好きだったからでした。
だから毎年この時期になると、担当している青梅から奥多摩まで、できる限り地域の夏まつりに足を運んでいます。
どこへ行っても聞こえてくる「人がいない」の声
でも、どこへ行っても聞こえてくるのが、こんな声です。
「とにかく人がいない」
「高齢化して、担い手がいなくなった」
「子ども会がなくなって、親も子どもも来なくなった」
「今年は何か新しい取り組みを?」と尋ねても、「例年通りにやるだけで精いっぱい」という答えが返ってくることも少なくありません。
わかります。本当によくわかる。
皆さん、仕事も家庭もある中で毎年準備を重ね、暑い中を走り回っている。それを何年も続けているだけで、本当にすごいことだと思います。
「新しいことなんてやってられるか!」
そりゃそうですよね。今のお祭りを続けるだけでも大変なのですから。
30年以上たっても忘れられない、あの夏の記憶
でも、そんな話を聞くたびに、私は子どものころの夏まつりを思い出します。
子ども神輿を担いで、汗だくになって歩いたこと。
休憩所で食べた冷たいスイカと塩唐揚げが、死ぬほどうまかったこと。
何千円もするレジャー施設より、近所の夏まつりで買ってもらった100円の綿菓子の方が、ずっと楽しかったりするんですよね。
大人のまねをして叩いてみた太鼓の音も、今でも重低音のように心の中に響いています。
もう30年以上も前のことなのに、あの光景も、味も、胸が躍るようなワクワクも、昨日のことのように覚えています。
子どものころに死ぬほど楽しかった経験って、何十年たっても忘れないものなんですよね。
残したいのは、お祭りの形だけじゃない
だからこそ、思うんです。
伝統を次の世代に引き継ぐというのは、ただお祭りの形を残すことだけではないんじゃないかと。
今の子どもたちが心から楽しんで、大人になったときに「あの祭り、楽しかったなぁ」「今度は自分たちがやろうかな」と思える。
そんなワクワクまで残していくことが、本当の意味で伝統をつなぐことなんじゃないのかなぁと。
答えはわからない。それでも、なくしたくない
とはいえ、人はいない。担い手は高齢化している。今、支えている人たちは、もう十分すぎるほど頑張っている。
じゃあ、どうすればいいのか。
正直、私にも答えはわかりません。
ただ、一つだけはっきりしていることがあります。
私が30年以上たった今でも忘れられないくらい大好きだったものを、絶対になくしたくない。
今の子どもたちにも、何十年後かに「あの夏まつり、死ぬほど楽しかった!」と思い出してほしい。
そして、その思い出が、また次の世代へとつながっていってほしい。
本気で、そう思っています。
